親切で、業務がはかどらない社員 タイプ2対策
埼玉県をエリアとする小売販売チェーンのスーパーバイザー(以下SV)を担当するMさんは、この道12年のベテラン社員である。
にも関わらず、本部エリアマネージャーから、何度もあることで注意を受けた。
そのあることとは、Mさんが各店舗を巡回する数が、他のSVに比較して半分だからである。
SVは、小売販売店の店長の上司であると同時に経営者の部下でもある。上司である経営者の立てたキャンペーンや方針に従い、目標達成の支援をするのが仕事だ。
1日に、離れた店舗を数件巡回し、新商品の紹介、本部からの連絡、特にクリスマス商戦など季節に合わせた企画の説明、本部に帰っての報告書の作成、月次バランスシートの作成と分析など、SVは本当に忙しい。
Mさんは決して怠けているわけではなく、通常の業務もこなしながら、自分では普通に店舗の巡回をおこなっているのだが、なぜか訪問数が他のSVの半分である。
この原因については、以前、本部エリアマネージャーDさんと同行訪問した際、明らかになっている。それは、Mさんが各店舗の店長に親身になりすぎることでつい指導が長引き、話しこんでしまうからだ。
話しこむ内容は単に悩み相談と言うことではなく、Mさんの長年の経験から得た、各トラブルの対処法について、話してしまう。
本部エリアマネージャーDさんからは、もっと項目を絞って、効率よく店舗を周るように指示され、自分では分かっているのだがどうしてもそれが出来ない。
本人としては、自分がより親身になって指導することで、店舗やスタッフが楽になると思える。
特に、悩んでいるらしい店員を見かけると、店長、Dさんに報告し、これこれの手を打ってくれ、と熱心に頼み込む。
もし、Mさんの事前情報からの頼みに応えず、その店員が辞めてしまった、などということにでもなれば、Dマネージャーに「だから言ったじゃないですか。なぜ、私の言うとおりにしないのか」と攻撃的にDマネージャーを非難するのが常だった。
その熱心な親切さ、他人の世話を焼きすぎるのは、はたから見ても異常に映ったという。
と言っても、Mさんは、ひと当たりは良く、社員としては皆から慕われ、信頼されている人物である。
DマネージャーはこれらMさんの行動を不思議に思いながらも、マネージメントを続けていた。
ある日、Dマネージャーはエニアグラムという性格診断のツールを学んだ。それによりMさんが、タイプ2という気質を持っていることを知り、今までの謎がいっきに氷解した。
このタイプ2という気質は、生まれ持って、他者を助けることで、他者からの感謝でのみ自分にOKが出せる特徴を持っている。
逆に言えば、他者に親切に接することで感謝が得られないと、強い怒りの感情が湧いてくるのである。Dマネージャーへの非難、攻撃は、当事者を助けることが出来なかったことで返報が得られなかった故の、怒りであった。
そしてその真底にあるものは、自己との関係性の欠如、絶望的な愛の喪失感である。
もちろんMさん本人も、業務に支障を来すまで、なぜ自分が他者に異常に親切で、他人の世話を焼きすぎてしまうのか、自分でも説明できない。
ある店舗でとんでもない事件が起こった。信頼の厚かったある副店長が、店のお金を持ち逃げし、アルバイトの女の子をつれて遁走したのである。
それは、Mさんが最も熱心に指導していた店舗の副店長だった。
副店長が持ち逃げした金額は百万円単位で多額であった。また副店長をその店舗に紹介したのがMさんであったことから、Mさんにも警察からの事情聴取があった。
Mさんはショックと同時に、店舗経営者に怒っていた。
今回の騒動の原因は、店舗経営者が副店長の面倒をよく見てあげなかったせいだと考えていたからであった。
DマネージャーはMさんと今回の件について話し合いを持った。
Mさんは、「もし、自分が店舗経営者であったならば、このような犯罪を引き起こす前に、副店長を助けてあげられた」と言った。
これをじっと、聞いていたDマネージャーは、静かにこう切り出した。
「Mさん、あなたが他のSVよりも熱心に巡回してきたことは、あなたのためですか?それともお店のためですか?」
「もちろん、お店のためです」
「であるならば、あなたが熱心に指導した結果は、お店に真に役に立ったと言えますか?」
Mさんはうつむいた。そしてしばらくしてから反論した。
「しかし、人が成功していくには、すぐれた補佐役が必要ではないのですか?」
Mさんの返答はまさしくタイプ2が持つ、囚われの論理である。タイプ2が放つこの言葉は「他人は、私の助けを必要としている」というプライドを表現している。
そして、他人との関わりを全て人間関係とみなし、他人から必要とされたい、感謝されるべきだ、という思いがある。
「これだけ皆のことを考えているのだから、感謝の見返りがあるべきだ」と、無意識に要求してしまうのがタイプ2の通常の姿なのである。
Dマネージャーは言った。
「Mさん、もしかするとあなたは、すぐれた補佐役であったかもしれない。
しかし、あなたの熱心な指導は、本当に相手のためであったのか、それともあなたの満足のためであったのか?」
Mさんはそれでも自説を曲げなかった。そして突き放したように
「自分の助けがいらないなら、自力で解決すれば良い。私は必要のない人間ということですね」
と、Dマネージャーに怒りの矛先を向けた。Mさんは感情が高ぶり、涙があふれてきた。
MさんとDマネージャーの間には気まずい空気が流れた。
しかし、Dマネージャーは諦めずにこう言った。
「もう一度、この件について話しましょう。あなたがしていることが、本当に相手のためであり、業務を進める上でお互いがハッピーであるかどうか、次回までによく考えて来てください」
Mさんは、Dマネージャーの言葉に、顔を覆いながら、うなずいた。
実はMさんは、このやり取りについて、Mさんとの家族に思い当たる過去がある。
Mさんの息子さんにも、以前、同じことを言われたことがあり、大げんかになったことがあった。大げんかがあった後、その息子さんは家を出、数年Mさんとは会っていない。
「まさかこのことをDマネージャーは知っているのか」と思い、Mさんは嫌なものを感じた。
Mさんは、息子さんが30歳を過ぎ、家を出て独立したいと言ったとき、強く引き留めた。そして感情的ないさかいから、結局息子さんは家を出て行った。
息子さんにとっては、いつまでも子供のように面倒を見てくれる母親と一緒にいることで、自分の自立が阻まれている状態を脱したかった。
しかし母親がいつまでも子離れせず、自分に依存させる状態を作り出している母親を疎ましく思い、母親との関係を変えたかった。
Mさんは、その時息子さんに言われた言葉を忘れられない。
「お母さんがしていることは、本当におれの為になっていない。お母さんの自己満足のためじゃないか」
そしてこうも言った。
「いつまでも、俺を縛りつけないでくれ。俺という存在に頼って生きるのは止めてくれ」
これに対して、Mさんはこう言い返した
「自分の助けがいらないなら、自力で解決すれば良い。私がいなければ、お前はろくな人間にならなかったろう。私はお前にとって必要のない人間ということなのだね」
その時の自分の心が怒りと悲しみでいっぱいであったことが思い出され、あの時と、今が同じ場面のように感じられた。
タイプ2は、自分の存在にOKを出すために、つい見返りを求めての援助を子供に対しても無自覚にしてしまう。それがタイプ2の囚われであるが、本人は無償の愛だと勘違いしており、自分の偏りにまったく気づくことは無い。
またタイプ2は、自分の望む感謝が得られないとヒステリックに人を非難する傾向にある。彼らは、他者からの評価に満足出来なかった、他人の欲求を満たせなかった自分に怒りを感じている。
自分が必要とされることにプライドを持つタイプ2は、自分が人に頼っていることを知られるのが怖いので、怒りで自分を防衛するのである。
さらにタイプ2の根源を分析するならば、タイプ2の性格構造は自己の根源との繋がりを喪失している。愛を失っている、深い絶望感を抱いている。それゆえに、他者との偽りの関係、偽りの愛を親子の間にさえも無意識に構築してしまう。
その後DマネージャーとMさんは、何度か話し合いを持った。特にDマネージャーが気を付けたのは、Mさんのプライドを傷つけないことだった。
Dマネージャーは、タイプ2の本質を良く学んでいたので、話し合いの度に充分な承認を行った。
「Mさんの行為には、感謝している。あなたの助けによって、皆助かっている」
と、何度も伝えた。
それと共に、人間は赤ん坊時代、誰に何かしなくとも愛されている存在であり、Mさんが、Mさんの存在そのもので愛されている事、無償の奉仕と見返りを求めての援助とを、区別することも指導した。
その後、長い時間がかかったが、Mさんの内面は徐々に変化した。山をゆっくり昇るように、人への見返りを求めたMさんの援助は消えていった。
そしてSVとして、必要な業務を必要なだけこなし、時間を上手に使って、自分のエリアを偏りなく巡回できるようになった。
その後、息子さんとの再会を果たし、真の親子関係を再構築し、現在も幸せに暮らしている。
Mさんは、タイプ2の囚われから解放され、他人のことよりも自分のケアが出来るようになり、人間関係のトラブルはなくなった。
コンテンツ協力:株式会社エニアグラムコーチング