チッ、使えねえヤツ、と言う上司 タイプ5対策
横浜にある大手建設会社のM主任(28歳・男性)は、社内でのいじめが4カ月も続き、相当、神経が参っていた。
いじめるS係長(34歳・男性)は真後ろの席で、M主任に毎日、二人っきりになると決まってねちねちと小言をいう。
皆の前では決していじめ行為を見せないところが陰湿であるが、M主任がいじめにあっていることを知っている社員も多かった。
M主任がいつもビクビクしながら、S係長の指示を受けていたのは傍目にも明らかであったし、S係長が5人の部下を辞めさせた過去は社内中の人間が知っていた。
S係長の言葉使いは汚く、暴力的であった。
「無能」
「こんな仕事もできないのか」
「のろま」
「チッ、使えねえヤツ」
などが、毎日M主任に浴びせられた。
S係長は、変りものという評判でもあった。マニアックな趣味を持ち、格好も特別であった。
例えば、雨が降ると愛用のピンクの傘をさし、短パンと草履に履き替えて帰宅するのを恒例としている。
多くの社員はS係長と仕事をするのを嫌がっていた。
M主任は、というと、これも皆となじめるタイプではない。
仕事は優秀で、設計の技術は秀でているのだが、人間関係の評判は芳しくなかった。人づきあいが下手で、社員同士で一緒に飲みに行くこともあまりしなかった。
また、「M主任は心から笑っていない、いつも作り笑顔」「M主任は人の心が分からない人」「本音が分からない、本音を見せない」と口にする女性社員もいた。
M主任は意識的に作り笑顔にしていたわけではない。もともと、自分の感情を表すことがとても苦手な気質であったのである。
この気質の特徴を持つタイプを、エニアグラムではタイプ5に分類する。
いじめが5か月目に入ると、とうとうM主任は出社して来なくなった。
実は、「無能」、「使えない」という言葉は、タイプ5の生命の根幹に関わるキーワードであり、このキーワードは、本人をもっとも深く傷つける。それにより、やる気が非常に無くなり、精神疾病をももたらす。
M主任は、川崎の心療内科に通い始めた。診断は軽度のうつであった。
本人は家族を養っていく必要もあり、転職を考えたが、どうにも身体が動かなく、ほとんどは寝ていた。
その後出社できない状態は2か月に及んだ。しかし、3か月目になって、なんとか気力を振り絞ってM主任は出社した。
出社すると、席が移動していた。S係長とは異なった部署に配属されていたからである。
そればかりではなく、M主任をケアする態勢が周辺に自然発生的に出来あがっていた。
42歳のB監査役がこの件の報告を聞き、立ち上がったのだ。
B監査役は、今回のM主任のケースを、S係長と本人個人の問題としてではなく、組織風土を変革する機会にしようと決意した。
まずB監査役が最初にしたことは、M主任への声かけであった。
「どうしてる?」
「大丈夫か?」
「無理するなよ」
「何でも言ってくれ」
などと声かけするために、1日に2回ほど部署に巡回してきた。それは、B監査役のパトロールと呼ばれ、社内でも有名になった。
B監査役はタイプ2であり、人を助けたい気質であったので、M主任への巡回、声かけは全く苦痛ではなかった。むしろ、M主任へのケアは楽しかった。
また、夜、食事に何度も呼び出した。カラオケにも連れていった。そして「思っていることを話してごらん」とB監査役は言った。
最初、M主任は何も言えなかった。タイプ5であるM主任は、自分の感情を客観的には観察するが、感情を言葉に出すことが出来ない特徴を持っている。
徐々にではあったが、B監査役は、信頼できる出来る関係を作っていった。
B監査役からのケアを受けて、M主任は酔うと本音が少し出てくるようになった。「S係長は嫌なやつだ」と初めて言った。その時から、変化が表れてきた。
気持ちが前向きになり、以前から考えて準備していた、建設業務に必要な試験を受けたいと言った。
監査役は総務に、2日休ませて受験させる時間をあげるよう進言し、M主任は受験し合格した。
また後には「自分は守られている存在だと感じられるようになった」とも述懐した。
この件は、K総務部長も自ら乗り出した。主任級の150人の社員の面談を行ったのである。
その面談は1人1時間で、2カ月にも及んだ。主任としては、部長と直接話が出来ただけでも、大きな安心を得た。
K総務部長は熱血漢ではあったが、カウンセラーの学習をしていたわけではなかったので、どちらかと言うと部長の一方的な話しになりがちだったが、それでも主任クラスには感動を与えた。
最後に、「何かあったら言って来いよ」と言い添えた一言で、多くの社員が離職をとどまった。「何かあったら相談に行ける」と言う安心感が大きな効果をもたらしたのである。
社内の雰囲気も明るくなった。何かあった時、自分たちは切り捨てられず、上が自分たちをケアしてくれた、守ってくれたという事実が組織への信頼を高めた。
その後、M主任は元気に働いている。
M主任は「自分が、人の気持ちに疎いことが分かった。人の気持ちを想いはかることが大切なことだと分かった」、と言うようになった。
M主任も少しずつ、部下が持てるようにまで成長してきた。
まとめである。
部下のうつ、自殺の直接原因はほぼ直属の上司の責任である。
使用者が人間的に未熟で、部下を道具としか扱えない場合に多く発生する。
今後の職場は、テクニカルな能力と共にヒューマンスキルの高い上司が求められる。
また総務、業務監査役は、現場で人間的なケアが充分に行われているか、監視を強化すると共に、自らがその範を示す必要に迫られている。
コンテンツ協力:株式会社エニアグラムコーチング